会社概要

ごあいさつ


「広告を通じて、社会・得意先の発展に貢献します。」 日本広告企業は創業以来・八十余年にわたり、広告代理業を通じ関連企業と共に、社会・得意先の発展の一助と成ることをひたすら念じ社業を進めてまいりました。

“大阪″を創業の地としエリアマーケティングエージェンシーとして地域の発展を目指し、特に鉄道広告においては大阪市交通局・初の“指定取次人”の認可を受けるなど、常に関西地区に於いて中心的な役割を担い、鉄道会社との深い信頼関係に基づく業界全体の発展に貢献してまいりました。

その間、皆様方の深いご理解とご支援を賜りまして、順調に業績を伸ばすことができました。ここに今日までの永年にわたるご指導ご愛顧に心から厚く御礼申し上げる次第でございます。

さて、創業以来、日本の産業構造の変革推移と共に当社を取り巻く環境も大きく変化を遂げてまいりました。 戦後急速に立ち直りを見せた高度経済成長期、幾多の好・不況を経て90年代に経験する「バブル経済」と「失われた10年」など。 当社もそうした時代の潮流に合わせ社是一環、社会・得意先の発展を希求しコミュニケーションの手法、企業と消費者・社会の接点のあり方を思索してまいりました。 特に、昨今に於ける急速な経済と情報のグローバリゼーションはこれまで以上に大きな変化をもたらしている為、今後の社会・経済を支え発展を迎える為のパラダイムへ志向していくことこそが肝要であります。

多様化したライフスタイルに於いて【広告】の含意自体がボーダレスとなりつつある時代であるが故に、顧客企業が訴求対象とする「消費者」へ最も的確に且つ深遠に伝わるメディアを構築することが当社の社歴・経験に基いたオンリーワンクオリティーであると共に、エリアマーケティングエージェンシーである当社に課された命題であると考えております。社員一人ひとりが、拡大・多様化する広告・コミュニケーションの役割をより一層高いステージに於いて認識し、「人」への到達を命題としたメディア企画力をさらに強化するとともに、それぞれの職務において高い使命感と責任を持ってスピーディーかつキメ細かいサービスを提供することにより、歴史を基に培わせて頂いた信頼を、大阪・首都圏・他のエリアも含め一層確固たるものとすべく努めてまいりたいと考えております。

今後とも、創業理念である「社会の、お客様の役に立つ」に一層徹し、益々精進を重ねて、皆さまのご期待にお応えしてまいりたいと存じます。 何卒、倍旧のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

代表取締役   日根野谷 裕一

会社概要

沿革

沿革
昭和 2年 大阪市南区末広橋にて国有鉄道広告の取扱いを始める。
昭和 4年 日本国有鉄道公認広告取扱指定業者となる。
昭和 9年 日本広告企業合資会社 設立。
大阪市電気局(現在の交通局)の指定取次人になる。
昭和15年 日本広告企業株式会社 改組。
大西計一 初代代表取締役に就任。
京都市電気局(現在の交通局)の指定取次人になる。
昭和20年 西羅保男 2代目代表取締役に就任。
ネオンサインを取扱う。
昭和21年 本社を東区北浜に移転。
昭和24年 神戸市交通局の指定取次人になる。
昭和27年 司馬好男 3代目代表取締役に就任。
昭和37年 本社を西区土佐堀に移転。
昭和41年 大阪屋外広告美術協同(大広協)の組合員になる。
昭和45年 阪急電鉄の取扱人になる。
本社を西区靱本町に移転。
昭和52年 本社を現在の西区江戸堀に移転。
昭和59年 日根野谷誠一 4代目代表取締役に就任。
平成10年 関広協の取扱人になる。
平成16年 日根野谷裕一 5代目代表取締役に就任。
平成17年 公益社団法人 日本鉄道広告協会(JAFRA)に加入。
平成19年 東京支社 港区浜松町に開設。

交通広告と屋外広告に独特の境地を開発し今日に至る。